未来のかけらを探して

3章・過ぎた時間と出会いと再会
―35話・最先端の工業国―



飛空艇で空の旅を堪能した一行は、バロンの空港に到着した。
そこは港と隣接しているファブールの空港と同じ作りだが、規模はさらに上回っていた。
「うっわ〜……広いねー!」
思わず感嘆の声が上がる広々とした発着場には、バロンご自慢の大小の飛空艇がひしめいている。
もちろん荷の積み下ろしや乗船しに来た客もたくさん居るから、圧巻だ。
とにかく、広くて大きいという感想が真っ先に飛び出してくる光景である。
“さすが、現存する人間の国の中で最古参の事だけはある。
見事なものだな。”
ルビーもうならせるとは、やはり掛け値なしの壮観という事に違いない。
「そういえば飛空艇って、最初にバロンが作ったんだよな。」
「そうなのぉ?」
それはエルンには初耳だったので、丸い目をさらに丸くして驚いた。
「そうだってさ。
だからこんなにいっぱいあるのかもなって、思ったんだ。」
「そうなんだ〜。」
アルセスの論理は単純だが、あながち間違ってもいない。
バロンは飛空艇開発国であるだけに、量産ラインは他国よりしっかりしているし、運用も上手だ。
すでに大都市や国家間の輸送においては、陸運海運と並ぶ重要な存在である。
「バロンのほかの町にもこれで行けそうだよネ。」
「でも、お金足りないかもよ……。」
半分諦めたような調子で、プーレが呟く。
彼が今覗き込んでいる財布の中身は、この空の旅で大分軽くなってしまっていた。
「まあ、他の町に行くんなら飛空艇使わなくても大丈夫だって。」
「節約ぅ?」
「そうだね、節約しなきゃだよ……ほんと。」
財布の紐をきゅっと締めて、プーレは音がはっきりするほど大きなため息をした。
飛空艇は快適だが、財布の中に吹き込んでくるブリザードが船の比ではないのが痛い。
支払った時よりも、降りた後からじわじわ効いてくる。
乗っている間は楽しいから忘れていた現実が、律儀に帰宅してくるせいに違いない。
“とにかく、まずは町に行かないとだ。
早い時間に行かないと、いい宿屋が塞がるからな。”
(うん、わかってる。早く行かなきゃね。)
ルビーの言葉に声を潜めて返事をしてから、プーレはきょろきょろと辺りを見回す。
港の外にいける方向を探しているのだ。
すると、うまい具合に案内板を見つけることが出来た。
たどっていけば外にちゃんと出られるだろう。
思ったとおり、道を間違えることなく港の入り口にたどり着けた。
「バロンの町はどっちかな?」
港の入り口から、大きな街道が3方向に伸びている。
多分どれも、その先はどこかしら町に繋がっていることに違いはないだろう。
だが、今行きたいのはとりあえず首都だ。
立て看板をのぞいて、方角を確かめる。
「西の道だって〜。こっちぃ?」
「そうだね。しかもけっこう近いみたいだよ。」
“海に近いからなー、バロンの町って。”
エメラルドが言うとおり、バロンの町は海に近い。
大きな川の河口近くにあるので、何かと便利なのだろう。
ちなみに、その川は運河でもあるらしい。
そういえば、他の主要国の首都や城も川や海が近いことが多い。
どこの国も、交通の便を重視しているということだろう。
大きな町を維持するためには、大量の物資を確実に運ぶ問題は避けられないのだから。
「近くてよかったね。遠かったら最悪だしサー。」
「そうそう、近いのが一番だな!」
“ついたらまた宿だろう。今日は陸で眠れるな。”
“船酔いつらかった〜。”
「エメラルド……またそういうネタ言ってるし。」
この間の発言といい、
何でそうありえない上にうっかり聞き流しそうなボケをかましたがるのか。
クセだからと諦めるしかないのだろうかと、
プーレは少しだけ考えた。


―バロンの町―
到着した一行は、いつものように宿を確保してから町へ繰り出す。
バロンの町は首都だから都会中の都会で、
しかも活気は今まで見てきた町の中でトップクラスだ。
市場も大きいし、立ち並ぶ店も例えばパン屋だけでいくつもあるから、目移りするほどである。
「武器屋さんがいっぱいぃ〜。」
「本とだ。バロンって、武器が多いのかな?」
「んー、バロンは聞いた話だと、すっごい強い国らしいんだよ。
竜騎士とか暗黒騎士とか、あと飛空艇団!
だから、きっと買う人が多いんだろうな。」
需要が大きければ、供給に応える人が出てくるのが市場原理だ。
“これだけでかい町なら、誰か売ってるかもなー♪”
“……そんなわけないだろう。”
六宝珠仲間が仮にこの町にいれば、すぐにわかる。
確かに貴金属や宝飾品も、各地から多数運び込まれて売買されているだろうが。
もっともそんな店とこのパーティは縁が薄い。
ルビーもエメラルドも十分宝飾品だが、このパーティに宝石を買う金は皆無だ。
「うーん、たまには武器とかも買いたいけど、売ってるかな〜?」
「プーレの爪があるかわかんないよねぇ〜。」
パササのパチンコやエルンのハープはともかく、プーレの足につける爪はそうそう見かけない。
チョコボの足に武器をつける人も、
自分の足に武器をつける人もそういないせいだろう。
そういう意味で、調達しにくそうな代物ではある。
「もしかしたら作ってもらえる店もあるかもしれないしさ、
とりあえず適当に入ってみよう。」
「うん、そうだね。でも、もし作ったらいくらなのかな……?」
プーレは頭を悩ませたが、よく考えたら今考えても値段の見当がさっぱりつかないのでやめた。
そう思った矢先に、エメラルドがぼそっとオーダーは高いと楽しげに言ったせいで、
一抹の不安は生じてしまうが。
と、その時どこからかチョコボの鳴き声がいくつも聞こえてきた。
「あれ?あっちでいっぱいクエクエって言ってル。」
「こんなところにチョコボ屋さんがあるの?」
チョコボが町中に居るのは珍しくないが、
パササが言うようにいっぱいクエクエ聞こえるのはチョコボ屋だろう。
「でも、あっちは住宅地みたいだけどな。」
住宅地にチョコボ屋があるのは、ちょっと不思議なことだろう。
チョコボは独特の体臭があるので、住宅地でたくさん飼うと苦情が来る気そうなものだ。
少し興味が出たので、においと声の方に進んでみる。
すると、一軒の大きな屋敷に行き着いた。
手入れが行き届いた広い庭が建物を囲む堂々とした家だ。
「うわー、なんか立派な家だな!
おれ、こんなでっかい家は初めて見たかも。」
“庭に厩舎があるっぽいな。こりゃずいぶん金持ちと見たぞー。”
何故かエメラルドが色めき立っているのは、
つい最近開拓途中の集落なんてものを見ていたせいだろうか。
立派な建物を見かける機会とは、確かに縁がなかった。
“昔からの貴族の屋敷とは、家構えが違うな……。
割と最近に商売が成功した商人の家かもしれない。”
「家って決まった形とかあるの?」
“ああ。時代、家柄、土地の気候……色々な理由で大体決まるんだ。
だから、見れば大体どんな人が住んでいるか分かる時がある。”
「へ〜。」
家なんて皆似たような形だろうと言う意識があるのか、
プーレの反応には実感の乏しさが見え隠れする。
人間の家も大抵は似たような形だから、あながち間違った認識でもない。
「チョコボの声はあっちからダネ。」
「いってみようよぉ〜。」
「おいおい、勝手に入ったらまずいだろ。」
勝手に敷地に入ろうとするパササとエルンを、アルセスがたしなめる。
町中にある塀の区切りをあまり気にしないのも困り者だ。
広い庭は家本体ではないが、勝手に入っていいわけではない。
そんじょそこらの空き地と一緒にしたらトラブルの元である。
「あらあら、そんなところでどうしたの?うちに何かご用事かしらー?」
「あ、ごめんなさい!これはその〜……。」
「いいのいいの、謝らなくっても!
ほらほら、正直に言ってご覧よ。」
やましいというほどの事はしていないのに、
ついしどろもどろになったアルセスを、この家の住人らしい少女が笑った。
「あのね、ここからチョコボの声が聞こえたから、何かなって思ったんダー。」
「あ〜!なんだぁ、見たかったってわけ?
見たいんなら、裏手にある店の方だよ。ほら、こっちこっち。」
「そっちにお店があるの?」
プーレがきょろきょろと屋敷の敷地を見回す。
裏手と言われても、屋敷が大きくてどこにそれらしき物があるのかはよく分からない。
「うちはこの町じゃちょっと名前が知れてるからね。
あっちこっちに店を出してるけど、家には本店があるってわけ。」
「何を売ってるのー?」
「商人仲間相手に、色んな生活用品をね。」
『?』
“一般の人じゃなくて、商人がお客のお店をやってるってことだろうな。”
少女の言葉がいまいち分かっていない子供3人に、
ルビーがこそっと解説をしてやった。
(へー、何ダ。)
(ふーん……。)
3人とも結局よく分かっていないが、普通の店でないことだけは何となく理解した。
世の中には色々な形態の店があるが、
一般の消費者には縁が無いこのタイプの店は、
プーレ達もなじみがないからよく分からなくても仕方が無い。
ともかく少女に案内してもらって、ようやく鳴き声の主と対面できた。
「わ〜っ!こいつら、黒チョコボか?」
「あ、ほんとだぁ〜♪わ〜、子供もいるよぉ〜。」
案内された小屋は大きく、普通のチョコボが4羽に、
2羽の子供を抱えた黒チョコボが1羽いる大所帯だった。
黒チョコボは初めて見たアルセスが、びっくりして声を上げる。
「そうだよ。この大きいのがお母さんなの。小さい2羽が子供ね。」
「あれ、お父さんは誰?」
「うーんそれがね、前うちにいた兄貴が連れて町から出てっちゃったから、
今はちょっと留守なんだ〜。」
ごめんねーと続ける少女の言葉に、プーレは少し気になるものを感じた。
「お兄ちゃんが?」
「うん。ロビンって言うんだけど。」
「え、じゃあおねえちゃんロビンの妹?!」
「えっ、坊や達うちの兄貴知ってるの?!」
お互いに指を差し合って仰天する。
まさかこんなところでロビンの名前が出てくるとは、双方思っていなかった。
特にロビンの妹と判明した少女は、驚きすぎて取り乱している。
「ね、ねえねえどこで見かけたの?!今どこか知らない?!」
「わわっ、落ち着いてよ姉ちゃん。
なぁお前ら、せっかくだから話してやれよ。」
このままでは相手が引っ込まないと判断したアルセスが、プーレ達に水を向けた。
やれやれと思ったかどうかはわからないが、
どう話そうかはあまり考えずに、プーレが話を切り出す。
「ロビンとくろっちお兄ちゃんとは、
このあい……けっこう前にいっしょにいたんだ。」
「どこで会ったの?」
「えーっと……どこだったっけ?
確かトロイアのどこかの町の酒場だったけど。」
残念ながら町の名前までは覚えていないが、そこの酒場で会った事だけは覚えている 。
それからしばらく一緒に行動することになったのだから、
出会いはよく覚えているのだ。
「酒場かぁ……確かに居そうな場所だけど。
あれ?でもじゃあなんで別れちゃったの?」
「それが、お船に乗ってるときにモンスターが出て、
そん時ロビン落っこっちゃったんダー。」
「それでねぇ、どこいっちゃったかわかんないのぉ……。」
ロビンの妹には申し訳ない話だが、残念ながらプーレ達が話せるあらすじはこれくらいだ。
彼女は少々しょんぼりした様子を見せたが、それも本当に一瞬で、
すぐに元のはきはきと元気のいい少女の顔に戻った。
「そっかそっか、ありがとね。
う〜ん……海って言うのはちょっと心配だけど。
でもあの馬鹿兄貴のことだし、多分生きてると思う!」
“すっごい自信だなー。”
エメラルドがついそう漏らすのも致し方ない、見事なまでのプラス思考。
彼女と言うか、家族の中で一体ロビンはどういう目で見られていたのか、何となく想像がついた。
「それにしても、生きてるんならいい加減帰ってきて欲しいんだけどね〜……。
くろろ……あ、この女の子の名前なんだけどさ。
この子がかわいそうなのよー。
せっかく卵が生まれたって時に、
旦那のくろっちを馬鹿兄貴が連れてトンズラしちゃったもんだから。」
「うっわー、そりゃついてないな!
じゃあ、この子チョコボ達、お父さんに会ったこと無いのかー……。」
「くろっちお兄ちゃん、
もしかしてだからロビンにちょっと冷たかったのかな……。」
そういえばロビンがあほなことを言うと何かと手厳しかった気がするが、
こういう背景があったのなら、何となく納得が行く気がするから恐ろしい。
「まあいっか。教えてくれてありがとね!」
「あ、ううん。どういたしまして。」
「お礼と言っちゃ何だけど、はいこれ。
バロン商店ギルドのお買い物券。これ使うとちょっと安くなるの。
この町のちゃんとしたお店なら、どこでも使えるからね!」
腰のポシェットからさっと取り出した横長の大きな券を、彼女はプーレに何枚か手渡した。
表には、バロン商店ギルドが発行した事を証明するスタンプが大きく押されていて、
買い物額より10%割引と書いてある。
「これ、どうやってつかうノ?」
「お買い物する時、お金を払うでしょ?その時にお店の人に渡せばいいの。
便利だからぜひ使ってねー。」
「わ〜い、おねえちゃんありがとぉ〜♪」
「うふっ、どういたしまして!」
何だかんだでそれなりに出費がかさむ旅支度の費用は、当然少しでも安い方がいい。
それを考えれば、これはかなりお得なお礼である。
“やったー、情報売って儲かったぞー。”
“その言い方はやめろ……人聞きが悪すぎる。”
不届き者ならぬ不届き物が袋の中に1つあったが、幸い周りに聞こえてはいなかった。
“それにしても、意外なところで縁があるものだな。”
バロンはロビンの出身地という事は知っていたが、
その広い国土の中で彼の親族と知り合うとは夢にも思っていなかった。
縁とは全く不思議なものだと、密かにルビーは感慨にふけっていた。



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どうしようかなと少々考えながら書いてました。
ロビンの妹(ただし名前未詳)が登場です。
イメージとしてははきはきした元気のいい、
兄の背中バーンって引っぱたきそうなお嬢さんです(どんなだ